部屋の入り隅(いりずみ:壁と壁が内向きにぶつかるコーナー部分)にできる「隙間」。 新築当時は綺麗だったのに、いつの間にか黒い線のような隙間ができていたり、壁紙がよれて破れていたりするのは、実は多くの住宅で発生する一般的な悩みです。
この隙間を放置すると、見た目が悪いだけでなく、隙間風の原因になったり、湿気が入り込んで内部のカビの原因になったりすることもあります。

この記事では、DIY初心者の方でもプロ並みの仕上がりを目指せるよう、入り隅の隙間埋めについて、原因から道具選び、実践テクニックまでを網羅し、徹底的に解説します。
第1章:なぜ隙間ができるのか?敵を知る
作業を始める前に、なぜそこに隙間ができたのかを理解しておくことは非常に重要です。原因を知ることで、適切な補修材を選ぶことができるからです。
1. 木材の収縮・膨張(「木が動く」現象)
日本の住宅の多くは木造です。木材は「呼吸」をしており、湿度の変化によって水分を吸ったり吐いたりします。
- 乾燥する冬: 木が収縮し、隙間が開きやすくなります。
- 湿度の高い夏: 木が膨張し、隙間が詰まりやすくなります。 この繰り返しの動き(ムーブメント)に、表面の壁紙や硬い漆喰が追従できず、一番弱いコーナー部分(入り隅)が切れたり開いたりしてしまうのです。

2. 建物の揺れ・振動
地震だけでなく、近くを走るトラックの振動や、台風の強風などでも建物はわずかに揺れています。この微細な振動の蓄積が、コーナー部分のズレとして現れます。

3. 構造上の宿命
壁と天井、壁と壁の境目は、構造材(柱や梁)の接合部でもあります。異なる部材が合わさる場所は、どうしても動きの影響を受けやすいため、入り隅の隙間は「住宅の宿命」とも言えます。つまり「施工不良」ではなく「経年変化」であることがほとんどです。

第2章:失敗しない道具選び【マテリアル編】
隙間を埋めるための材料(充填剤)は多種多様です。ホームセンターに行くと棚一面に並んでいますが、ここで間違えると「塗装が乗らない」「すぐにまた割れる」「色が浮く」といった失敗に繋がります。
1. 壁紙(クロス)の場合:『ジョイントコーク』一択
日本の住宅の9割はビニールクロスです。壁紙の入り隅が開いた場合は、「内装用コーキング材(通称:ジョイントコーク、ボンドコーク)」を使用します。
- 特徴: 水性で扱いやすく、乾燥後はゴム状の弾力を持ちます。また、色が豊富(ホワイト、アイボリー、ベージュ、ライトグレーなど)で、壁紙の色に合わせやすいのが最大の特徴です。
- 選び方: 壁紙よりも「ワントーン暗い色」を選ぶと目立ちにくいと言われますが、基本は壁紙の色に一番近いものを選びましょう。迷ったら、壁紙の切れ端を持ってホームセンターへ行くのが確実です。
2. 塗装壁・漆喰の場合:『アクリル系変成シリコーン』
塗装仕上げの壁の場合、普通のシリコーンシーラントを使ってはいけません。シリコーンの上にはペンキが塗れない(弾いてしまう)からです。 必ず「ノンブリードタイプ」や「塗装可能」と書かれた変成シリコーンやウレタン系を選びましょう。
3. 大きな隙間(5mm以上)の場合:『バックアップ材』
隙間が深かったり幅が広かったりする場合、コーキング材だけで埋めようとすると、乾燥による「肉やせ(凹み)」が激しくなり、すぐにまた割れてしまいます。 この場合、発泡ポリエチレン製の紐状の詰め物である「バックアップ材」を先に隙間に押し込み、底上げをしてからコーキングします。
第3章:美しさを決める「下準備」と「道具」
いきなり注入してはいけません。プロの仕上がりと素人の仕上がりの差は、この段取りで決まります。
【必須ツール】
- コーキング材(前述の通り選定)
- マスキングテープ(幅18mm〜24mm推奨。建築塗装用がベスト)
- カッターナイフ
- ヘラ(指でも代用可能ですが、専用のコーキングヘラがあると仕上がりが格段に違います)
- ウエス(雑巾)(濡らしたものと乾いたものの2種類)
- 竹串や爪楊枝(掃除用)
第4章:実践!ステップ・バイ・ステップ解説
それでは、最も一般的な「壁紙(クロス)の入り隅」を想定して、手順を解説します。
隙間にはホコリや古いボンドのカスが溜まっています。これが残っていると新しいコーキング材が密着しません。
- カッターの刃先や竹串を使って、隙間のゴミを掻き出します。
- 固く絞ったウエスで、入り隅周辺をしっかり水拭きし、乾燥させます。油分(キッチンの近くなど)がある場合は、中性洗剤を薄めて拭き取りましょう。

ここが勝負の分かれ目です。
- 入り隅の隙間を挟むように、左右(または上下)の壁にマスキングテープを貼ります。
- ポイント: 隙間ギリギリ(0.5mm〜1mm程度空ける)を狙って貼ります。隙間から離れすぎると、コーキングのラインが太くなり、目立ってしまいます。「できるだけ細く」が美しさの秘訣です。
- テープは指の腹でしっかりと圧着してください。隙間があるとそこからコーキング材が入り込み、ラインがガタガタになります。

チューブの先端(ノズル)をカッターでカットします。
ポイント: 穴の大きさは「隙間の幅」と同じくらいか、少し小さめに斜め45度にカットします。大きく切りすぎるとコントロールが難しくなります。

ノズルを隙間に当て、ゆっくりと絞り出しながらスライドさせていきます。
コツ: 「引っ張る」のではなく「押し込む」イメージで。ノズルの先で材を隙間に押し込むように動かすと、内部までしっかり充填されます。途中で止めず、一定のスピードで動かすのがコツです。多少盛り上がっても後で均すので大丈夫です。

充填した直後に、ヘラまたは指で表面をなぞって平らにします。
指でやる場合: 指先を水で少し濡らすと、材が指にくっつきにくく、滑らかに仕上がります。
余分なコーキング材を取り除きつつ、内部に圧力をかけて密着させます。入り隅の形状に合わせて、少しR(カーブ)を描くように仕上げると自然です。

重要: コーキング材が「乾く前に」すぐにテープを剥がしてください。乾いてから剥がすと、せっかく綺麗に埋めたコーキングまで一緒に引っ張られて剥がれてしまいます。
テープを剥がす角度は、壁に対して45度手前に引くイメージで。剥がしたテープに付いたコーキング材が、他の壁や床に付かないよう注意して丸めて捨てます。

テープを剥がした際に、端が少し毛羽立っていたら、もう一度水で濡らした指で優しくなでて馴染ませます。はみ出してしまった部分は、濡れ雑巾ですぐに拭き取れば落ちます(水性の場合)。

第5章:こんな時はどうする?トラブルシューティング
- 隙間から壁紙がめくれ上がっている場合は?
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コーキングの前に「ボンド」が必要です。 コーキング材には接着力があまりありません。壁紙がめくれている場合は、まず木工用ボンドや壁紙補修用糊をめくれた部分の裏に塗り、ローラーなどで圧着して貼り直します。その後、半日ほど乾かしてからコーキング作業を行ってください。
- 木枠(廻り縁や巾木)と壁の隙間はどうする?
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こちらも基本は同じですが、色の選び方に注意が必要です。 木枠の色に合わせるのか、壁の色に合わせるのか。
- 原則: 「薄い方の色」に合わせます。 壁が白、巾木がこげ茶なら、白いコーキングを使った方が目立ちません。濃い色のコーキングは、ラインが少しでも歪むと非常に目立つため、難易度が高いです。
- コーキングしてもすぐにまた割れてしまう…
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建物の動きが大きい場所かもしれません。 その場合は、コーキング材の中でも「高弾性」や「スーパーストレッチ」と書かれた、より伸び縮みに強いタイプを選んでみてください。それでも割れる場合は、構造的な動きの可能性が高いため、あまり神経質にならず「季節ごとのメンテナンス」と割り切るか、専門業者に相談することをお勧めします。
第6章:プロ級仕上げのための「裏技」テクニック
【テクニック1】ノズルの「斜めカット」の微調整
ノズルの先端をライターで軽く炙り、柔らかくしてから平らに潰して楕円形にすると、細い隙間にも入りやすくなります。(火傷に注意!)

【テクニック2】スポンジ活用法
ヘラや指の代わりに、台所用スポンジを小さくカットし、水を含ませて絞ったものでなぞると、余分な材を吸い取りながら均一な仕上げができます。特に長い距離を施工する場合におすすめです。

【テクニック3】色の調合
ジョイントコークは混ぜることができます。 「アイボリーだと黄色すぎる、ホワイトだと白すぎる」という場合、別容器で2色を混ぜて、ご自宅の壁紙に完璧にマッチする特製カラーを作ることが可能です。

【まとめ】部屋の入り隅をメンテナンスできれいにしよう
部屋の四隅の黒ずんだ隙間が消え、一本の美しい白いラインが通るだけで、部屋全体の印象は驚くほど明るく、清潔になります。
入り隅の隙間埋めは、特別な技術や高価な道具は必要ありません。必要なのは「適切な色のコーキング材」と「丁寧なマスキング」、そして「少しの根気」だけです。
まずは、目立たないクローゼットの中や、家具の裏側の入り隅で練習してみることをお勧めします。一度コツを掴めば、家中の隙間を埋めたくなるほど楽しくなるはずです。
今度の休日は、お部屋の角をメンテナンスして、空間をリフレッシュさせてみてはいかがでしょうか?